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新しい海岸のプロデュース


ドジの由来 │ プロサーファー引退 │ 主な職種 │ 現在の肩書き │ 新しい海岸のプロデュース │ 新しいフィールドのプロデュース   主な著作


■1990年 神奈川県主催『サーフ'90』平塚コア会場担当プロデューサー。
カリフォルニアをモデルに、新しい海岸文化を創造する多目的利用海岸「ビーチパーク」を提案。
『サーフ'90』閉会後、平塚J.C.とともにサーフ'90平塚会場施設の存続運動を展開。

■JALオーストラリアキャンペーン「JALAUSSIEBEACHCLUB」企画運営プロデュース。
(カンガルーコアラに代わるオーストラリアのビーチキャラクターにライフセーバーを登用した現地施策)

■JAL沖縄キャンペーンのJALオクマリゾートにて「JALWINDCLUB」を企画プロデュース。 

■1991年 サーフユ90から継承したボードウオーク施設を『ひらつかビーチパーク』としてプロデュース。
ビーチを多目的に通年活用しビーチバレー、ビーチサッカー、ビーチドッジボール等のビーチスポーツ、カタマラ
ンヨット、スキムボード等ビーチスポーツを無料体験できる海遊びの普及ボランティア活動を展開。

■1992年 日本初の海を通年楽しむボランティア組織『ひらつかビーチクラブ』を設立。相談役就任

■1994年 TVKテレビ「おしゃべりトマト」 火曜日のコメンテイターとしてレギュラー出演。

■ウインドサーフィン廃材ボードを活用したカヤック遊びを提唱、TV朝日『トゥナイト・』BE-PAL「話題鍋」に掲載。

■ルアーフィッシングビデオ『シーバス釣り教室』出演。ルアーフィッシャーマンとしても活動。

■1997年「ひらつかビーチカーニバル」(7月20日〜8月31日)プロデューサー。 

■ひらつかビーチパークに、米国からプロスケートボーダーを招聘しスケートボードランページ導入しイベントを展開

■1999年FMヨコハマ宇治田みのるJ-PHONE「サーフィンスクール」企画運営プロデュース

■FMヨコハマ「RISE」(土曜日)の湘南ビーチ情報レギュラーレポーター。

■JAL「リゾッチャ」ハワイキャンペーン 初心者が気軽にゴルフコースデビューできる「リゾッチャ・ゴルフ・
トライアル」「ウクレレ体験」「シェフス・テーブル」(ハレクラニホテル)企画実施運営。 

■株式会社コーストガード専務取締役 ジョン・レノン的子育を理由に辞任。地元茅ヶ崎の海に戻る。
「海」全体をコーディネートする「海おやじ」としての活動に専念。

■2000年 茅ヶ崎に「どじ・いさか事務所」開設。

■2000年 FMヨコハマ「WELOVESHONAN」キャンペーンのスーパーバイザー就任
単なるビーチクリーンキャンペーンでなく、海岸の現状を来て見て知ってもらうための、「ビーチコーミング」
を提唱。「湘南をもっときれいに!もっと楽しく!」モットーに、砂浜でいろいろな遊びを体験する湘南全域に展開。

■2001年 FMヨコハマ「WELOVESHONAN」キャンペーンを湘南全域に展開
国土交通省港湾局 新たな海辺の文化創造研究会の中の 「ビーチスポーツ研究会」委員。

■2003年「ビーチスポーツ研究会」の提言から国土交通省港湾局の協力を得て、全国におけるビーチクラブ形成に
向けた「ビーチクラブ社会実験」イベントを江ノ島片瀬海岸にて(6,9,10,11月)実施

■江ノ島水族館の夜の遊び方「夜は大人の水族館」として提案、くらげフロアでジェリーフィッシュパーティとライブ
コンサートなどのイベントをプロデュース。

■船でフィッシングを楽しみ、レストランでシェフのおまかせ料理を楽しむ「レディースルアーフィッシング&グルメ」

■2004年 ビーチクラブ全国ネットワーク事務局設立 事務局長就任
海岸のコミュニティづくりとしての国土交通省のビーチクラブ社会実験から、1月に江ノ島にビーチクラブを設立。
その後4月に逗子ビーチクラブ設立。この活動は湘南から全国に拡大しつつある。

湘南から全国の海岸コミュニティづくり、海の 通年利用をテーマに様々なビーチ文化ネットワークを形成中